Labo_537
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令和4年度第23回一般公募エッセイ小松崎潤(38歳/埼玉県)「検査がくれたもの」入賞作品紹介努力賞筋ジストロフィーの妻を介護して10年。この病気は全身の筋肉が徐々に固まっていき、最後は自分で呼吸すらできなくなる。実際、妻もこの10年で歩けなくなり、寝たきりになった。根本的な治療法はまだない。病気の進行は早いのに、こちら側の支援が追いつかない現実。私もリハビリに付き添っては、何度も打ちのめされそうになった。そんな妻が7月、コロナウイルスに感染した。すぐに搬送されたが、病院で見せられた肺のC Tスキャンは、ほとんど真っ白。「肺炎が重いので、人工呼吸器による治療をします。気管に管を入れますので、苦痛を和らげるための鎮静剤で眠ってもらいます」医師から渡された承諾書。私はどうしようもない気持ちで見つめた。どれだけ眠り続けるのかもわからない。ひょっとしたらもう目を覚まさない可能性もある。ふと過ぎるチューブだらけの妻の姿。「先生、家内は生きて帰って来られますか」力を尽くします」とだけ言った。まった。オムツ替えも、食事介助も、痰の吸引もない。夜中に起こされることだって。それでもやっぱり妻が心配で、病院の周辺をやたらと歩いた。シメーターやお守りが届く。何よりありがたかったのは、医師たちが逐一電話で経過を報告してくれたこと。医師は私をまっすぐ見て、「全その日から妻のいない生活が始玄関には、親戚からパルスオキ6日間眠り続けた妻は、その後せん妄に悩まされた。これは24時間電気のついた、昼も夜もわからない集中治療室にいたことから出る症状という。妻もパニックになっては、体に取り付けた管を抜こうとしたり、「誰かに取り囲まれている」と叫ぶこともあった。ついには、「私は変になってしまったのでしょうか」と泣いたそうだ。だけど医師は「受け答えを見る限り正常です。変なものが見えたとしても、治療中の一つの出来事です。気持ちをしっかり持って」と背中をさすってくれた。おかげで妻は前を向けた。「こんな病気にかからなければ」と言いながらも、最後は生かされた命に感謝することができた。今はパニックのあまり、ねじ曲がってしまったチューブでさえ愛おしいと言う。難病患者にとって、このウイルスは生命を脅かす、とてつもない存在だ。重症化しやすく、一歩間違えれば呼吸不全や心不全もあり得る。それでも「ひとりじゃない」と思えたら、家族としてこんなに心強いことはない。あれから妻は退院した。今でもしばしば不安に襲われるが、「症状が進んでも、まだ作戦はある。一緒に頑張りましょう」という医師の言葉が、私たちを支える。医師の言葉11■ LABO – 2023.10

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