Labo_No.558
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石灰岩を穿うつ「念のため、首の辺りのエコーを撮りましょう」高齢者の仲間入りをしたばかりの夫のコレステロール値は上がる一方で、動脈硬化を懸念した主治医が、そう提案した。が、その検査結果は、思いがけず、まったく別の病気が潜んでいる可能性が、疑われることに繋がった。甲状腺悪性腫瘍。しかし夫は、造影CT検査を経てリンパ節に転移が見られるとしても、自分は元気なのにと、なかなか医師の言葉を受け入れることができなかった。その後行った生検は、医師から事前に説明されていた通りで、石灰化された腫瘍部分に、針が深部まで届かなかったため、『悪性とは断定できない』というものだった。その結果に夫は、「正確に組織いざというときの家族の団結が、嬉しかった。数日後行われた手術は、無事終わった。が、大幅に予定時間を超えた。術中、迅速検査を経て、甲状腺全摘となったという。手術中でも生検をするのかと私は驚き、今まで受けてきた検査の、ひとつひとつの積み重ねの先に、夫の命があることを噛みしめた。特に夫の場合、自覚症状がなかった。検査の結果が、病に懐疑的な彼と医師との橋渡しをし、手術へと導いてくれたのだ。今、庭につくった小さな畑で、一緒に水やりをしている彼を見ると、最初に何気なく受けたエコーの有難さが、しみじみと思われる。これからも検査に基づいた治療が行われ、彼の病が完治することを、私は切に願う。ふと見上げた青空は、雲ひとつなかった。手術日が決まると、離れて暮らす子供たちに、それを伝えなければならない。今までの成り行きは一切言っていなかったので、娘は一瞬で最悪の事態を想像したのか、電話の向こう側で鼻をすすり出した。仕事と育児で忙しい彼女とは、最近会っていない。すぐ行くという娘に、コロナの再流行に備え面会禁止なのだと、病院の体制を伝えた。すると娘は、婿と孫2人の4人家族総出で、励ましの動画メッセージを、ラインで送ってきてくれた。そのダンスを交えた応援に、夫は目頭を熱くして、何度も深く頷いていた。一方、息子は忙しい仕事の合間をぬって、病院の書類に名前を連ねるのに顔を出してくれ、夫と私に頼もしさを感じさせてくれた。を採取できていないから」という医師の説明や、私の思いとは裏腹に、一縷の望みを託した。は、石灰化された腫瘍そのものだと、半ば呆れてしまった。断で、夫はようやく病を受け入れ、手術に同意した。私に、背を丸めた夫は、「全身麻酔の手術、怖いなぁ」と、ぽつりと呟いた。意外な本音に、そうだったのかと、私はハッとし、肩の力が抜けた。熱くなり、並んで座る大学病院の長椅子で、「大丈夫、大丈夫」と、その背中をさすり続けた……。そのとき私は、彼の思いの固さ次に受けたPET検査の結果診令和6年初夏のことだ。やっと、という思いで安堵する急に夫が愛おしく思われて胸が池永恵子(63歳/和歌山県)令和6年度第25回一般公募エッセイが 入賞作品紹介「検査がくれたもの」努力賞■ LABO – 2025.07 11

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