――現在、帯状疱疹で入院されています。最初はどのような異変があったのですか?笠井 ものもらいのようなできものができて、職場近くの眼科を受診したら結膜炎と診断されました。感染するような症状ではないということで仕事を続けていたのですが、だんだん大きくなって水疱になり、右目が開けづらくなってきたのです。これはただの結膜炎ではないなと。地元の眼科を受診したら、帯状疱疹の可4 能性があるということで、抗ウイルス薬を処方されました。“治りかけ”という判断ものもらいから始まり帯状疱疹性髄膜炎に生きて元気に復活した姿を見せたい絶望からの“足し算の縁”を活力に発信を続ける!す。最初にものもらいができてから、1週間以上が経っていました。――再発の疑いがあるというのは、かなり心配な状況ですね。笠井 それが一番恐れていたことでした。悪性リンパ腫は血液のがんなので、全身のどこに再発してくるかがわからないのです。まずは血液内科で検査をして、再発ではないということがわかって安心しました。症状が複数あったので、眼科、皮膚科、感染症科、神経内科、耳鼻咽喉科をまわって、最終的に腰椎穿刺をして帯状疱疹が悪化していることがわかりました。帯状疱疹ウイルスが右眼に広がって炎症を起こしていたのです。早い段階で抗ウイルス薬を服だったため、あとからわかったことですが、薬の量が少なかったみたいで。その後、右目が開かないままニュース番組にも出演したのですが、ものもらいができて5、6日経ったころから右目の奥が痛くなってきて、さらに右のこめかみから頭頂部にかけてのピリピリした痛み、右手のしびれ、味覚障害も出てきました。大学病院の先生に相談したら、重症だからすぐに入院したほうがいいと。でも私は悪性リンパ腫のサバイバーなので、5年以上前に「完全寛解」と言われてはいますが、再発の可能性がゼロではありません。悪性リンパ腫の主治医に連絡をしたら、やはり再発の疑いがあるということで、主治医がいる病院に入院することになったので約33年間勤めたフジテレビを退社して2カ月後、悪性リンパ腫と診断された笠井信輔さん。ステージ4で死を覚悟した時期もあったそうですが、4カ月半の治療を経て、完全寛解となります。その後、がんサバイバーとして精力的に活動していますが、2025年9月末には帯状疱疹で入院。インタビューは入院中にオンラインで行い、病気を経て気づいた検査の重要性、闘病をしながらも発信を続ける思いについてお聞きしました。最長ワイドショー『とくダネ!』にて。メイン司会者の小倉智昭氏と(2016 年7月)帯状疱疹に罹患して、右目が開かない状態になってしまいました。早期の治療が大事です!2025.11 – LABO ■
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