見つけてもらえた幸運症状が落ち着き始めたある日、一瞬、意味がわからなかった。それは、突然のことだった。2歳の子どもが何日も熱が下がらず、ぐったりとしていた。小児科に通いながら「そのうちよくなるはず」と信じようとしていた私に、医師が静かに言った。「お母さん、これはすぐ大きな病院で検査したほうがいい」その一言で、世界が音を立てて動き出した。紹介状を手に総合病院へ行き、そのまま入院が決まった。私はただ、看護師に促されるまま。目まぐるしく、事態は進んでいった。診断は「川崎病」。全身の血管に炎症が起きる、原因不明の急性疾患だった。高熱、発疹、手足のむくみ、目の充血……、言われてみれば、すべての症状が当てはまっていた。そこからは、検査の毎日だっ中は、今では自分で検査室へ入り、少し誇らしげに戻ってくる。日常では、心臓に穴があることを忘れてしまうくらい元気に暮らしている。でも私は、年に一度の検査のたびに、あの日のことを思い出す。もしも、あのとき検査をしていなかったら。もしも、川崎病になっていなかったら。この子の心臓の穴は、きっと気づかれなかっただろう。臨床検査は、ただ病気を見つけるだけではない。何気ない日常の、安心の土台を支えてくれるものなのだと、私は知った。見つけてもらえたのは、小さな小さな穴。でも、それを見つけてもらえたことで、私と子どもの心には、大きな安心と未来が生まれたのだ。今わかって本当によかったよ。ラッキーだったね」病気を知らされて「運がよかった」と言われるとは思わなかった。けれど、その言葉の意味は、じわじわと胸に沁みてきた。心臓に開いていた穴は、ほんの数ミリ。すぐに手術が必要な状態ではなく、定期的な経過観察となった。退院後は1か月ごとに通院し、次第に半年に一度、そして今は年に一度の検査になった。レントゲン、心電図、心音、そしてエコーで血液の流れや穴の状態を確認する。通いにもすっかり慣れた。「検査終わったら、病院のカフェでケーキ食べていい?」「売店でお菓子買っていい?」と笑う。かつて泣きながら抱っこされていたあの背た。採血、レントゲン、心電図、心エコー。小さな身体に、次々と検査が行われた。泣きながら看護師に抱かれ、検査室へ向かう小さな背中。私はただ、祈るように見送るしかなかった。かわってあげることも、手を握ることすらできなかった。母として、何もできないもどかしさに、胸が締めつけられた。検査中の子を待っていると、医師に呼ばれた。「お母さん、この子、心臓に穴が開いているわ」「心房中隔欠損症。川崎病とは関係ないと思う。たぶん、生まれつきのものだね。今回の検査で、たまたま見つかったんだ。大人になるまで気づかない人も多いから、太田夢(40歳/北海道)令和7年度第26回一般公募エッセイ入賞作品紹介「検査がくれたもの」優秀賞■ LABO – 2026.041310歳になった今、子どもは病院
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